介護現場では日々の記録業務が欠かせません。
利用者の状態、ケアの内容、特記事項など、詳細な記録が求められる中、その作業負担は軽視できないものとなっています。
従来の手書きによる記録方法に加え、近年では音声入力技術を活用した記録方法が注目を集めています。
本記事では、音声入力と手書きによる介護記録の比較を行い、それぞれのメリット・デメリットを検証していきます。
手書き記録の現状と課題

手書きによる記録は長年にわたり介護現場の標準でした。
その理由としては、道具の準備が簡単で、ペンと用紙さえあればすぐに記録できること、操作方法の学習が不要で特別なトレーニングなしで誰でも始められること、そして停電やシステム障害の影響を受けない安定性の高さなどが挙げられます。
また、手で書くことで情報が脳に定着しやすいという研究結果もあります。
一方で、手書き記録には時間がかかるという大きな課題があります。
一人の利用者につき複数の項目を記入するため、多くの時間を要します。
また、過去の記録を探すのに時間がかかる検索性の低さ、紙の記録は物理的な保管スペースを必要とする問題、個人の筆跡によっては読みにくい場合がある字の判読性、報告書作成時に再度入力が必要になる転記作業の発生などの課題もあります。
厚生労働省の調査によると、介護職員の業務時間の約20%が記録業務に費やされているというデータもあり、この負担軽減は現場の大きな課題となっています。
音声入力による記録の可能性

近年の音声認識技術の飛躍的な進歩により、介護現場での活用が現実的になってきました。
AI技術の発展により日本語の認識精度が95%以上に向上し、介護用語や医療用語にも対応するシステムが登場しています。
また、介護現場の様々な音の中でも正確に音声を拾うノイズキャンセリング技術や、学習機能による方言や個人の話し方への適応も進んでいます。
音声入力による記録には多くのメリットがあります。
まず、話すスピードは一般的に書くスピードの3〜4倍と言われており、2022年の実証実験では従来の手書き記録と比較して約40%の時間短縮が報告されています。
また、両手が自由に使えるため利用者のケア中でも記録ができ、業務の効率化につながります。
観察したことをその場で記録できるため、記憶違いや記入漏れを減らせるリアルタイム記録も可能です。
さらに、長時間の筆記による手首や指の負担を軽減できるため、特に高齢の介護職員にとってはメリットが大きいでしょう。
音声からテキストデータになるため、検索性が高く、データ分析にも活用できるという利点もあります。
一方で、音声入力にも課題や懸念点があります。
専門用語や固有名詞の誤認識が発生することがあり、方言や早口での発話は正確に認識されにくい場合があります。
また、利用者の居室など、他者のいる環境での音声入力はプライバシー保護の観点から注意が必要です。
複数の会話や機械音がある環境では認識精度が低下する可能性もあります。
導入にあたっては、専用のデバイスやソフトウェアの購入費用、トレーニングコストがかかるほか、新しい技術に対する不安や抵抗感を持つ職員への配慮も必要です。
実際の導入事例から見る効果
特別養護老人ホームA施設では、2023年に音声入力システムを導入しました。
導入後のアンケート調査では、記録業務の時間が平均で35%削減され、職員の87%が「業務負担が軽減された」と回答しています。
また、残業時間が月あたり平均4.5時間減少したという効果も見られました。
ただし、70代のベテラン職員からは「操作に慣れるまで時間がかかった」という声も聞かれています。
訪問介護を行うB事業所では、移動時間中や訪問の合間に音声で記録を行えるシステムを導入し、事務所に戻ってからの記録時間がほぼゼロになりました。
これにより1日あたりの訪問件数が平均1.2件増加し、記録の質(詳細さ)も向上したと評価されています。
一方で「公共交通機関内での使用は難しい」という課題も指摘されています。
音声入力と手書きのハイブリッド活用
多くの施設では、音声入力と手書きを状況に応じて使い分ける「ハイブリッド方式」を採用しています。
音声入力に向いているのは、長文の経過記録や特記事項、移動中や両手を使う作業の合間、複数の利用者の状態を続けて記録する場合などです。
一方、手書きに向いているのは、チェックリスト形式の簡易な記録、静かな環境が確保できない場合、図や矢印などを使った記録が必要な場合などです。
導入にあたっては、一度にすべての記録を音声入力に切り替えるのではなく、段階的なアプローチが効果的です。
まず一部の職員や一部の記録項目だけで試験導入し、使い勝手や課題点を洗い出します。
そして現場のニーズに合わせた設定変更を行い、全職員への操作方法と活用シーンの教育を実施した上で、段階的に対象を拡大していくとよいでしょう。
音声入力システム選びのポイント
音声入力システムを導入する際には、いくつかの重要なポイントを確認しましょう。
介護専門用語への対応や学習機能の有無、誤認識があった場合の修正のしやすさ、個人情報保護のための暗号化などのセキュリティ対策、既存の介護ソフトとの連携可能性、そしてトラブル時のサポート体制の充実度などをチェックすることが大切です。
まとめ:音声入力と手書き、どちらが楽?
音声入力と手書き、どちらが「楽」かという問いに対する答えは、「状況による」というのが正直なところです。
音声入力は記録の時間短縮という点では圧倒的に優位であり、身体的負担の軽減という意味でも「楽」だと言えます。
またデータ活用の幅を広げるという点でも優位性があります。
一方で手書きは導入コストがかからないという点で「楽」であり、操作方法の習得が不要という点でも「楽」です。
また、静かな環境が確保できないなどの特定の状況では依然として有効な方法と言えるでしょう。
介護現場の記録業務を本当に「楽」にするためには、両方の良さを活かしたハイブリッド活用が現実的な解決策です。
最終的には、それぞれの施設の状況、職員の特性、利用者の環境に合わせた最適な方法を選ぶことが重要です。
日々進化する音声認識技術と、長年の実績がある手書き記録。
どちらも一長一短があり、これからの介護現場では、両者を上手に組み合わせながら、本来の目的である「利用者へのケアの質向上」につなげていくことが求められています。
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