パワースーツで腰痛予防!介護現場での導入事例

介護職員の約7割が腰痛を経験したことがあるというデータがあるように、腰痛は介護現場における深刻な職業病となっています。厚生労働省の調査によれば、介護職員の離職理由の上位に「身体的負担が大きい」という項目があり、特に腰痛は大きな問題として認識されています。

高齢者の移乗や入浴介助など、中腰姿勢での作業が多い介護現場では、適切な技術を身につけていても腰への負担は避けられません。特に日本の高齢化が進む中、要介護度の高い高齢者が増加しており、介護職員の身体的負担はますます大きくなっています。

このような背景から、近年注目を集めているのが「パワースーツ(パワーアシストスーツ)」と呼ばれる装着型ロボットです。パワースーツは装着者の動きをサポートし、筋力を補助することで腰や膝などへの負担を軽減する装置です。

本記事では、実際に介護現場でパワースーツを導入している施設の事例を紹介しながら、その効果や課題について探っていきます。

パワースーツの種類と特徴

介護現場で使用されているパワースーツには、大きく分けて「モーター駆動型」と「非電動型(マッスルスーツ)」の2種類があります。

モーター駆動型パワースーツ

電気モーターを使用して動力を生み出すタイプのパワースーツです。センサーで装着者の動きを検知し、適切なタイミングでアシストします。アシスト力が大きく、重い負荷にも対応できる反面、バッテリー駆動のため稼働時間に制限があり、比較的重量があるという特徴があります。

代表的な製品としては、サイバーダイン社の「HAL®介護支援用」や、パナソニック社の「パワーローダー」などがあります。

非電動型パワースーツ(マッスルスーツ)

バネやゴムの弾性力、空気圧などを利用して装着者の動きをアシストするタイプです。電源が不要で軽量なため、長時間の使用や機動性を重視する場面で活躍します。アシスト力はモーター駆動型に比べると小さいものの、扱いやすさが特徴です。

代表的な製品としては、イノフィス社の「マッスルスーツ®」や、ダイヘン社の「パワーアシストスーツ®」などがあります。

実際の導入事例:特別養護老人ホーム「あさひ苑」

神奈川県横浜市にある特別養護老人ホーム「あさひ苑」では、2年前から非電動型のマッスルスーツを導入しています。入居者100名に対して、パワースーツは5台を導入し、主に移乗介助や入浴介助の場面で活用されています。

施設長の山田誠一さん(54歳)は、導入の経緯についてこう語ります。

「きっかけは、40代のベテラン職員が腰痛で1か月休職したことでした。介護のプロフェッショナルであっても、日々の身体的負担の積み重ねで腰を痛めてしまうことは珍しくありません。そこで腰痛対策として、パワースーツの導入を決めました」

導入から半年後には、職員の腰痛による休職日数が前年比で約30%減少したといいます。また、若手職員からは「体力的な不安が減った」という声も聞かれるようになりました。

現場の声:実際に使用している職員の感想

あさひ苑で5年目の介護職員、佐々木美香さん(28歳)は、パワースーツの使用感についてこう話します。

「最初は装着感に違和感があって、動きにくいと感じました。でも1週間ほど使っていると徐々に慣れてきて、今では移乗介助のときには必ず着用しています。特に、重い方の移乗時に腰への負担が明らかに減ったと実感しています。以前は移乗介助の後に腰が痛くなることが多かったのですが、今ではほとんど感じなくなりました」

一方、50代のベテラン介護士、田中健太郎さんからは異なる意見も聞かれます。

「若い人は順応が早いですが、私のような年配者は体に馴染むまでに時間がかかります。また、パワースーツを着けると動きが制限される部分もあるので、細かい作業をするときには逆に不便に感じることもあります。とはいえ、重い方を持ち上げるときのサポートは本当にありがたいです。使い分けが大切だと思います」

導入事例:リハビリテーション病院「みどり会」

大阪府にあるリハビリテーション専門病院「みどり会」では、モーター駆動型のパワースーツを3台導入しています。主に脳卒中後のリハビリテーションや、重度の身体障害を持つ患者さんの移乗介助に活用されています。

リハビリテーション部門の責任者である理学療法士の木村真理子さん(45歳)は、導入効果についてこう評価します。

「我々の病院では、重度の片麻痺の方など、移乗に多くの力を要する患者さんがいます。パワースーツの導入前は、男性スタッフに依頼することも多かったのですが、パワースーツのおかげで女性スタッフでも安全に移乗介助ができるようになりました。これは男女関係なく働ける環境づくりという点でも大きな前進です」

ここで興味深いのは、パワースーツがリハビリテーションの質にも影響を与えているという点です。

「以前は移乗介助が体力的に大変なため、1日に行えるリハビリ回数に限りがありました。しかし、パワースーツの導入により、スタッフの疲労が軽減され、患者さん一人ひとりに提供できるリハビリの時間や回数が増えました。これは患者さんの回復にも良い影響を与えていると感じています」

導入事例:訪問介護サービス「ホームケアさくら」

都市部だけでなく、地方での導入事例も見てみましょう。福島県のある中山間地域で訪問介護サービスを展開する「ホームケアさくら」では、非電動型のパワースーツを2台導入しています。

代表の斎藤幸子さん(58歳)は、地方ならではの導入理由を説明します。

「私たちのような地方の訪問介護では、若いスタッフの確保が年々難しくなっています。現在のスタッフの平均年齢は50歳を超えており、体力面での不安が大きい状況です。そこで、ベテランスタッフが長く働けるようにとパワースーツを導入しました」

訪問介護という特性上、さまざまな環境での作業が求められますが、軽量の非電動型パワースーツは持ち運びやすく、急な階段のある住宅でも使用できるという利点があります。

「特に効果を感じるのは、床からの起き上がり介助や、布団からの移乗介助の場面です。和室での作業は中腰姿勢が多く、腰への負担が大きいのですが、パワースーツのおかげで無理なく介助できるようになりました」

導入時の課題と解決策

パワースーツの導入は多くのメリットをもたらしますが、実際の導入過程ではいくつかの課題も明らかになっています。

高額な導入コスト

パワースーツの価格は、非電動型で30〜50万円、モーター駆動型では100万円を超えるものもあります。中小規模の介護施設では大きな投資となるため、導入をためらう施設も少なくありません。

この課題に対して、多くの自治体では介護ロボット導入支援の補助金制度を設けています。また、メーカーによってはレンタルサービスを提供しているところもあります。あさひ苑では、まず1台をレンタルで試用し、効果を確認した上で購入に踏み切ったといいます。

使用方法の習得と意識改革

新しい機器の導入には、使用方法の習得という課題がつきものです。特に介護現場では、忙しい業務の中で新しい機器の使い方を学ぶ時間の確保が難しいという声も聞かれます。

みどり会病院では、パワースーツ導入時に、メーカーから専門スタッフを招いて複数回の研修会を開催しました。また、使用に慣れたスタッフが「パワースーツマイスター」として他のスタッフをサポートする体制を作り、スムーズな技術移転を実現しています。

さらに重要なのは意識改革です。「自分の力で介助するのが当たり前」という従来の考え方から、「適切な道具を使って安全に介助する」という考え方への転換が必要です。

「最初は『道具に頼るのは甘え』という声もありました。しかし、パワースーツの使用は利用者さんの安全にもつながることを繰り返し説明し、徐々に理解が広がっていきました」と山田施設長は振り返ります。

メンテナンスと衛生管理

複数のスタッフが共有して使用するパワースーツでは、メンテナンスと衛生管理も重要な課題です。特に介護現場では汗や体液などによる汚染リスクもあります。

ホームケアさくらでは、使用後の清掃と定期点検のルールを明確にし、担当者を決めて管理しています。また、着脱可能な部分は定期的に洗濯し、清潔を保つ工夫をしているそうです。

「最初は面倒に感じることもありましたが、今では介護車両の点検と同じように、パワースーツのメンテナンスも業務の一部として定着しています」と斎藤代表は語ります。

パワースーツ導入の効果と今後の可能性

これまでの導入事例から見えてきたパワースーツの効果をまとめると、以下のようになります。

  1. 腰痛予防と労働環境の改善:最も顕著な効果は腰痛の予防です。導入施設では腰痛による休職日数の減少が報告されています。
  2. 介護の質の向上:身体的負担が減ることで、より丁寧な介護やコミュニケーションに時間を使えるようになったという声が多く聞かれます。
  3. スタッフの多様性確保:体力に自信のない方や高齢のスタッフでも活躍できる環境が整い、人材確保にもプラスの効果が期待できます。
  4. 利用者の安全性向上:介助者の疲労軽減は、事故やヒヤリハットの減少にもつながります。

今後の展望としては、さらなる小型軽量化と低コスト化が進むことで、普及が加速すると予想されています。また、AIとの連携により、利用者の状態に合わせた最適なアシスト力を提供するパワースーツの開発も進んでいます。

さらに、介護職員用だけでなく、要介護者自身が使用できるパワースーツの開発も進んでおり、自立支援の新たなツールとしての可能性も広がっています。

まとめ:「テクノロジーと人のハイブリッド」が未来の介護を支える

パワースーツの導入事例から見えてくるのは、テクノロジーと人間のケアが融合した新しい介護の形です。介護は「人の手による温かみ」が重要とされる一方で、その担い手の健康を守ることも同様に重要です。パワースーツは介護者の身体を守りながら、より質の高いケアを提供するための橋渡し役となっています。

導入に当たっては初期費用やトレーニングなど、乗り越えるべき課題もありますが、長期的に見れば介護職員の健康維持や人材確保、サービスの質向上につながる投資と言えるでしょう。

超高齢社会を迎えた日本において、介護の担い手を守ることは、介護を受ける高齢者を守ることにもつながります。パワースーツをはじめとする介護テクノロジーの発展と普及が、持続可能な介護システムの構築に大きく貢献することを期待したいと思います。

「腰痛ゼロの介護現場」を目指して、パワースーツの導入事例はこれからも増えていくことでしょう。

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