人材不足、職員の高齢化、業務の属人化――
これらの課題に日々直面している介護施設にとって、「業務効率化」はもはや選択肢ではなく、生き残るための必須条件となりつつあります。
そこで注目されているのが、ICTやAI、クラウド技術を活用したデジタル化による業務改善です。
とはいえ、現場からはこんな疑問の声も聞こえてきます。
「デジタル化って、結局どこまでできるの?」
「人の手でしかできない介護に、どれだけ効果があるの?」
「便利になるって聞いたけど、結局負担は変わらないのでは?」
この記事では、介護施設における業務の中で、デジタル化によって本当に効率化できる領域と、その限界について整理し、どこから手をつけるべきか、具体的な戦略を探ります。
デジタル化の本質は「人を減らす」ことではない

介護業界で「効率化」と聞くと、どうしても「人を減らすためでは?」という警戒感が伴うことがあります。
しかし、介護の本質はあくまで人と人との関わりにあり、人手をかけるべき場面が明確に存在する仕事です。
そこで求められるのは、“人でなくてもできる仕事”を明確にし、“人にしかできない仕事”に集中できる環境をつくるという視点です。
デジタル化の目的は、職員の負担を軽くすることでもあり、ケアの質を犠牲にしないための手段でもあります。
介護施設で効率化できる主な業務領域
現在、デジタル化によって大きく業務負担が軽減できる領域は以下のようなものがあります。
1. 介護記録の作成と共有
最も多くの施設でデジタル化が進んでいるのが、記録業務です。
紙ベースでは、記入・確認・保管・共有に手間がかかり、情報の抜け漏れも起きやすいですが、クラウド型介護ソフトを導入すれば、タブレットやスマホからリアルタイムで入力・確認が可能になります。
音声入力や定型文の自動補完機能により、1件あたりの記録にかかる時間が大幅に削減され、職員のストレスが軽減されます。
2. バイタル測定・健康管理
非接触型体温計や連動センサー付き血圧計などの導入によって、バイタルデータが自動で記録ソフトに反映される仕組みも登場しています。
手書きや手入力による転記ミスも防げるうえ、異常値を即座にアラートで通知することで、事故の未然防止にも役立つとされています。
3. 夜間の見守り・巡視
AIカメラやマットセンサーを用いた見守りシステムにより、夜間の巡視回数を削減しつつ、必要なタイミングでの対応を実現できます。
これにより、少ない夜勤体制でも安全を確保しながら効率的な運用が可能になります。
ある施設では、見守りセンサー導入により夜勤者1名での巡視回数を半分以下に減らし、その分、急変時の対応や記録の質の向上に時間を充てられるようになったという事例もあります。
4. 勤怠・シフト管理
紙のタイムカードやExcelでの管理から、クラウド型の勤怠管理システムへ移行することで、集計・給与計算の手間が大幅に削減されます。
また、AIによるシフト自動作成機能を使えば、複数の条件(労働時間制限、希望休、資格要件など)を同時に満たした上で、最適な勤務表を短時間で生成できます。
限界のある領域と、残る“人の役割”
一方で、すべてを効率化できるわけではありません。
介護の仕事には、「デジタルでは代替できない仕事」も確実に存在します。
たとえば、利用者との会話や感情の共有、ふとした気づきや異変への直感的対応などは、人にしかできません。
また、認知症の方とのコミュニケーションや、家族への説明、介護拒否への対応といった“感情の機微を読み取る力”は、AIが真似できる領域ではないのです。
それでも、ルーティン業務や確認作業の一部を効率化できれば、人にしかできない“本当のケア”に時間を回すことができるようになります。
この再分配こそが、デジタル化の最大のメリットと言えるでしょう。
効率化を進めるために必要な“現場との対話”
デジタル化を進める際、最も重要なのは**「現場が何に困っているかを把握する」**ことです。
トップダウンで「このシステムを入れる」と決めるだけでは、実際に使う職員の納得が得られず、システムが“宝の持ち腐れ”になることも。
成功している施設では、導入前に必ず現場ヒアリングを行い、「どの業務が最も手間になっているか」「どんな機能があれば助かるか」といった意見を丁寧に拾い上げています。
また、「使ってみた後」の振り返りと改善も欠かせません。
職員がデジタルツールに慣れるには時間がかかるため、丁寧な研修と、“わからなくても聞ける環境”づくりが、効率化成功の鍵を握ります。
一気に変えず、“小さく始めて、大きく育てる”
多くの施設がつまずくポイントは、「一度に全部を変えようとすること」です。
効率化を急ぎすぎて、記録もシフトも見守りもすべて一気にデジタルにした結果、現場が混乱し、結局紙に戻ってしまった――という例も珍しくありません。
理想的なのは、最も課題感が大きい領域から1つだけ着手し、成功体験を重ねていくことです。
たとえば、「記録業務だけ」「夜勤の見守りだけ」と範囲を絞って始め、現場の満足度や効果を確認しながら、段階的に広げていくというスタイルです。
まとめ:効率化とは“人が活きる環境”をつくること
介護施設におけるデジタル化は、「人を減らす」ためではなく、「人が本来の力を発揮できる環境を整えること」が最大の目的です。
業務の中には、ツールで代替できる作業もあれば、人間でなければ担えないケアもあります。
そのバランスを見極め、“人にしかできない仕事に集中できる職場”をどうつくるか――これが、これからの介護経営の大きなテーマです。
デジタル化はゴールではなく、あくまで手段。
そして、その手段をどう活かすかは、現場との対話と、組織としての意思にかかっているのです。
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