介護業界では、少子高齢化や人材不足という構造的な課題に直面する中で、**DX(デジタルトランスフォーメーション)**への注目が高まっています。
国もICT導入補助金や介護ロボット普及支援などの政策で後押ししており、まさに今、業界全体が変化の波にさらされていると言えるでしょう。
しかし、実際にデジタル化を進めたからといって、すべての介護事業所が成功しているわけではありません。
「ICTは導入したけど現場に定着しなかった」
「システムを変えたら逆に負担が増えた」
こうした声も少なくないのが現実です。
それでは、**介護業界においてDXを“経営レベルで成功させている施設”**は、何が違うのでしょうか?
本記事では、経営の視点から見たDXの成功要因と、失敗しないための秘訣を詳しく解説します。
DX成功のカギは「現場ではなく経営にある」

DXというと、現場のICT導入や業務改善のイメージが先行しがちですが、本質はもっと広く、組織全体の運営モデルを進化させることにあります。
つまり、単なるIT化ではなく、「組織文化そのものを見直す」視点がなければ、DXは根付かず、表面的な改善にとどまってしまうのです。
実際、成功している介護事業者の経営層に共通するのは、「DXは経営戦略の一環である」という明確な意識です。
日々の業務を効率化するために導入するのではなく、「事業の未来を支える土台として」システムやツールを選定し、人と仕組みの両面から変革を推進しているのです。
「単なるIT化」で終わらせない3つの視点
1. 目的から逆算した導入設計
まず重要なのは、「なぜDXを進めるのか?」という問いに対する明確な答えです。
単に「便利そうだから」「補助金が出るから」という理由でシステムを導入してしまうと、現場は混乱し、結果的に形骸化してしまう恐れがあります。
成功する施設は、DXを「組織の課題を解決するための手段」として位置づけています。
たとえば、「夜勤の負担軽減」「記録の質向上」「採用力の強化」といった経営課題を起点にして、必要なツールを選ぶという姿勢です。
2. デジタル人材の配置と育成
DXの推進には、現場を理解しながらデジタルにも強い人材が欠かせません。
しかし、介護業界には「ICTが苦手」と感じる人も多く、単に新しいシステムを導入するだけでは現場に定着しません。
成功している施設は、“ICTリーダー”や“デジタル推進担当”を明確に任命し、現場と経営をつなぐ存在を育てています。
また、外部のITコンサルタントを活用したり、ベンダーと密に連携して研修を行ったりと、人材育成に時間とお金を惜しまず投資しています。
3. 経営指標としての“可視化”を徹底する
DXによって得られる情報は、ただ記録するためのものではありません。
むしろ、リアルタイムに経営状態を“見える化”するツールとして活用すべきです。
たとえば、入居率、離職率、記録の遅延率、利用者の転倒傾向、職員の業務量などをダッシュボード化し、定例会議でモニタリングする仕組みを導入している施設もあります。
これにより、経営判断が直感や経験だけに依存せず、数値とエビデンスに基づいたものになるのです。
成功している介護事業者の事例から学ぶ
北海道で複数の有料老人ホームを運営するA社では、コロナ禍を機にDXを本格導入しました。
クラウド型の記録システム、非接触型の見守りセンサー、AIによる勤怠管理などを取り入れたことで、業務時間は1日あたり平均90分削減されました。
だが、注目すべきはシステムそのものではありません。
同社では導入に先立ち、職員と一緒に“業務フローの再設計”を行ったのです。
何が無駄で、どこに改善の余地があるかを対話しながら整理し、「業務の目的」と「システムの役割」を一つひとつすり合わせました。
その結果、現場の理解と納得を得たうえでのスムーズな定着が実現し、職員の満足度向上にもつながりました。
さらに、定期的に「DX委員会」を開催し、課題や成果を職員と共有している点も見逃せません。
これは、“全員参加型のDX”を地道に実践している好例と言えるでしょう。
DX経営の本質は「仕組みで人を守ること」
介護は本質的に人間が行う営みです。
そのため、どれだけAIやシステムが進化しても、ケアの核心は人間の手と心にあります。
しかし、その人間を守る仕組みがなければ、現場は疲弊し、サービスの質も維持できません。
DX経営とは、「人を不要にする技術」ではなく、「人が辞めずに、笑顔で働き続けられる環境をつくる経営」です。
だからこそ、成功している経営者たちは、「最先端のシステム」よりも「人が育ち、変化を受け入れられる土壌」を重視しているのです。
まとめ:DXは“変化を起こす力”ではなく、“変化を定着させる力”
介護業界でDXを成功させるための最大の秘訣は、「人・仕組み・戦略」の三位一体の視点を持つことです。
デジタル化は、導入すれば変化をもたらす“魔法の杖”ではありません。
むしろ、変化を起こすための土台を整え、それを定着させ、継続的な改善につなげる“静かなエンジン”のようなものです。
経営者がどんな未来を描き、どんな組織をつくりたいのか。
そのビジョンを中心に据えたとき、DXは最も力強いパートナーとなって、介護施設の未来を支えてくれるはずです。
コメント