介護業界では今、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進が急速に進んでいます。
記録のICT化、AIによる見守り、業務管理のクラウド化――
テクノロジーの導入によって業務の効率化が図られる一方で、現場では**人間関係における“見えにくい摩擦”**が生じているケースも少なくありません。
DXは“業務の仕組み”を変えると同時に、“人と人との関わり方”にも影響を与えるものです。
とくにチームワークが重視される介護現場では、導入の仕方によっては世代間のギャップや職員同士の分断を生む原因にもなりかねません。
この記事では、DX化が介護現場の人間関係にどのような影響を与えるのかを掘り下げるとともに、摩擦を防ぎ、職員同士の信頼を深めながらDXを進めるためのポイントを解説します。
DX導入で起こる“見えない摩擦”とは?

1. 「ITが得意な人」と「苦手な人」の分断
新しいシステムやツールが導入されたときに、起きがちな現象が**「職員間の温度差」**です。
- 若手職員は慣れた手つきでスマホやタブレットを操作
- ベテラン職員は操作に戸惑い、結局手書きで記録
- 「結局、あの人に聞かないとできない」と依存が発生
- 「私はITができないから置いていかれる」と劣等感を抱く
こうした状態が続くと、**職員間の関係に“目に見えない壁”**ができてしまいます。
2. 「IT導入を推進する人」と「現場を守りたい人」の衝突
管理者やリーダー層がDXを推進しようとする中で、現場職員との間に認識のズレが生まれることもあります。
推進側:「これからは記録もすべてシステムで統一します」
現場側:「今までのやり方で慣れているし、紙のほうが安心」
このような対立が表面化しなくても、**「わかってくれない」「現場の気持ちを無視している」**という感情が蓄積され、人間関係にひびが入ってしまうことがあります。
DX化がもたらす“良い影響”もある
もちろん、すべてがネガティブな影響ではありません。
適切な導入とサポートがなされている施設では、DXがむしろ職員間の信頼と連携を強めるきっかけになっています。
情報共有がスムーズになり、誤解が減る
クラウド記録や申し送りアプリを導入した施設では、「誰が何を記録したか」が明確になり、職員間の伝達ミスや責任の押し付け合いが減ったという声もあります。
情報の“透明性”が高まることで、職員間の信頼関係が築きやすくなったという事例も多く見られます。
「助け合い文化」が育つきっかけになる
ITが得意な職員が、苦手な職員に操作を教えることで、普段はあまり交流がなかった職員同士の関係が深まったという事例も。
「教える・教わる」を通じて、年齢や立場を越えたチーム力が育つ可能性もあるのです。
摩擦を防ぐために必要な“組織の土壌づくり”
1. 「わからない」を言える職場文化をつくる
職員が新しいことに不安を感じるのは当然です。
大切なのは、**「わからないことを、わからないと言える雰囲気」**をつくることです。
たとえば、
- 「ICTは誰でも最初は戸惑うもの」と明言する
- マニュアルに“よくある失敗例”を載せて安心感を持たせる
- 「一緒に練習しよう」と声をかけ合える風土を育てる
このような工夫で、“できる・できない”の分断ではなく、“できるようになっていく”チームづくりが可能になります。
2. リーダー層は“押しつけ型”ではなく“伴走型”に
管理職やリーダーが「これが正しい」と押し通すのではなく、“一緒に試しながらやってみる”という姿勢が重要です。
現場に寄り添い、「不安はあるけど、やってみよう」という空気をつくれるかどうかが、摩擦を生まないDXのカギになります。
実例に見る「摩擦を乗り越えた施設の工夫」
ある老健施設では、記録アプリ導入時にベテラン職員から強い反発がありました。
「こんな機械、使いこなせない」「記録が遅れて余計に迷惑をかける」と不安の声が続出。
そこで施設長が行ったのは、“3か月間は併用期間”とするルールの設定でした。
紙とアプリの両方を使えるようにし、「無理せず少しずつ慣れていく」方針に切り替えたのです。
また、ICTが得意な若手職員を「サポーター」として配置し、困ったときはすぐ相談できる体制を整備。
この柔軟な対応により、導入から半年後にはほぼ全員がアプリに移行し、現場のストレスはむしろ軽減されたといいます。
この事例が示しているのは、“仕組みを押し込む”のではなく、“関係性を育てながら変化を進める”ことの大切さです。
まとめ:DXは“仕組みの改革”であり“関係性の再設計”
介護の現場では、チームワークが命です。
どれだけ優れたツールを導入しても、職員同士の信頼が崩れれば、現場は機能しません。
だからこそ、DXとは単なる効率化ではなく、人間関係をより良くする“きっかけ”でもあると捉えることが重要です。
- わからない人を支える文化を育てる
- 押しつけではなく、一緒に進む姿勢を持つ
- 不安を受け止め、声に出せる環境を整える
そうした取り組みがあって初めて、**DXは“摩擦の種”ではなく、“チーム力を高める力”**へと変わるのです。
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