介護DXの失敗事例から学ぶ、導入時の注意点

DX(デジタルトランスフォーメーション)は、介護業界にとって不可避の流れです。
人材不足の解消、業務の効率化、記録の精度向上――その目的やメリットは十分に語られてきました。

しかしその一方で、実際にDXを導入した施設の中には「うまくいかなかった」「現場が混乱した」という失敗の声も確かに存在します。
テクノロジーの導入自体は簡単になった今だからこそ、「どう使うか」「どう現場になじませるか」が問われている
のです。

本記事では、実際に介護事業者が体験したDX導入の“つまずき”や“想定外の落とし穴”を事例として紹介し、その中から導入時に押さえておくべきポイントを解説します。
成功の裏側には、必ず“失敗からの学び”があるのです。


事例1:「現場に合わなかった記録ソフト」──誰も使わなくなった

ある中規模の介護老人保健施設では、クラウド型の記録ソフトを導入しました。
紙ベースの記録から脱却し、スマートフォンでリアルタイム入力できるようにすることで、記録業務の時間を減らすことが目的でした。

ところが、導入から3か月で、現場の多くの職員が紙に戻ってしまったのです。

その理由は、

  • ソフトの操作が複雑で画面の構成がわかりにくい
  • 入力のフローが現場の流れと合っていない
  • インターネットの接続が不安定で頻繁にエラーが起きた

というものでした。

導入前に職員の意見を十分に聞かず、ベンダー主導で導入を進めた結果、**“便利になるはずが、現場の負担が増えてしまった”**という逆効果になったのです。

教訓:操作性と現場との相性は、机上の比較ではなく“現場体験”で判断すべき。


事例2:「機器を導入しただけで終わった」──使い方が浸透しなかった

ある特養では、夜勤中の見守りを目的としてセンサー付きベッドを導入。
寝返りや起き上がりを感知して通知を送るシステムでした。

しかし、導入から半年たってもほとんど使われていない状態が続きました。
調査してみると、職員の多くがこう話していたのです。

「誰がどう使うか決まってなかった」
「アラートが鳴っても、何をすればいいか分からない」
「研修はあったけど、1回だけで実際は覚えていない」

つまり、機器を導入しただけで、運用ルールやフォロー体制がなかったため、現場では“使い方が分からず”放置されてしまったのです。

教訓:DXは“導入”ではなく“運用設計”と“習慣化”が命。


事例3:「ベテラン職員が反発」──現場に分断が生まれた

小規模デイサービスでの事例です。
職員の記録負担を減らすためにタブレットを導入し、音声入力で記録を行う体制に切り替えました。
若手職員は「楽になった」と喜んでいたものの、**ベテラン職員の一部が“頑なに使おうとしない”**という問題が起きました。

原因を探ると、

  • 「パスワードが覚えられない」
  • 「操作を聞くのが恥ずかしい」
  • 「若い人だけ便利になってる」

という心理的な要因が背景にあったことが分かりました。

その結果、現場で“アナログ派とデジタル派”に分断が起き、チームワークに悪影響が出る事態に

最終的には、「ICTリーダー制度」を導入し、得意な職員がマンツーマンでサポートする体制を構築。
時間をかけて、ようやく全体に浸透させることができました。

教訓:DXは“全員で使えるようになること”が成功の前提。誰かが取り残されない設計が必要。


失敗から学ぶ、導入前に検討すべき5つの視点

1. 目的は何か?

「何のためにDXを進めるのか」が曖昧なままでは、導入後に混乱を招きます。
「記録を早くしたい」「夜勤の負担を軽くしたい」など、現場が“納得できる課題”にひもづいていることが重要です。

2. 現場の声は取り入れているか?

選定するツールや導入のタイミングなどに、現場職員の意見が反映されているかどうかは、受け入れやすさを大きく左右します。

3. 操作体験は十分か?

パンフレットや営業トークだけで判断せず、**実際に触って使ってみる“試験導入”**を行うことが理想です。

4. 使い方のルールは明確か?

誰が、いつ、どのように使うのか。
“現場での使い方マニュアル”と“相談できる人の存在”が不可欠です。

5. 段階的な導入スケジュールになっているか?

一気に全体導入するのではなく、まずは1ユニット・1業務から開始して、徐々に広げていくことでリスクを最小限に抑えられます。


まとめ:失敗事例は「やり方を変えれば成功に変えられる」

介護DXが失敗したとされる事例の多くは、「ツールが悪かった」のではなく、
「導入の設計」「使い方の共有」「現場の納得」という“人と仕組み”に起因しているものです。

つまり、失敗は「ツールの限界」ではなく、「準備と設計の甘さ」によって起こるということ。
逆に言えば、そこをしっかり整えれば、どんな施設でもDXを成功に導くことが可能です。

“失敗事例”は、決して否定の材料ではありません。
むしろ、より良い導入・定着のための貴重なヒントです。

DXを成功に導くために必要なのは、テクノロジーだけでなく、“人への配慮と丁寧な準備”
それがあれば、現場に根づく“使えるDX”は、必ず実現できます。

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