介護現場において「DX(デジタルトランスフォーメーション)」という言葉が聞かれるようになって久しくなりました。
業務の効率化、人材不足の補完、記録の自動化、職員の負担軽減――さまざまな文脈でその効果が期待される一方で、多くの経営者や現場責任者が感じているのが、**「導入コストへの不安」**ではないでしょうか。
「デジタル化は理想だけど、実際いくらかかるの?」
「投資に見合う効果って本当に出るの?」
そうしたリアルな疑問に応えるべく、この記事では介護DXの導入にかかるコストの内訳や、実際に導入した施設での“投資対効果(ROI)”を分かりやすく解説していきます。
なぜ今、介護にDXが求められるのか
介護業界が今、急速にデジタル化を求められている背景には、構造的な課題があります。
最大の要因は人材不足です。2025年には介護職員が全国で約32万人不足すると試算されており、この問題を解決する手段として、業務効率化や負担軽減につながるテクノロジーの導入が注目されています。
もうひとつの要因は、制度的な流れです。国は介護分野におけるICT活用を後押ししており、介護記録ソフト、見守りセンサー、音声入力ツールなどへの補助金制度が充実してきました。つまり、今が「導入するには好機」とも言えるタイミングなのです。
介護DXにかかる初期コストとランニングコスト

実際にDXを進めるとなると、どのような費用がかかるのでしょうか。コストは、大きく「初期費用」と「運用(ランニング)費用」に分けて考える必要があります。
まず初期費用では、以下のような支出が想定されます。
- ハードウェア導入費用
例:タブレット端末、見守りセンサー、カメラ、Wi-Fi設備など
→1施設あたり数十万円〜数百万円程度 - ソフトウェア利用開始費用
例:介護記録ソフト、勤怠管理システム、ケアプラン支援ツールなど
→初期契約金として数万円〜数十万円 - 職員向け研修・導入サポート
→システムベンダーによっては無償だが、外部講師の活用などでは数万円単位
ランニングコストとしては、主に月額のソフトウェア利用料や保守費用がかかってきます。これらは月額1人あたり1000円〜2000円、または1施設あたり数万円という形が一般的です。
加えて、機器の故障対応やバージョンアップ費用など、年間を通しての運用コストも見込む必要があります。
導入によって得られる“リターン”とは
導入コストが数十万円〜数百万円かかる一方で、それに見合う「効果」が得られるかどうかが重要です。
実際にDXを導入した介護施設では、以下のような変化が報告されています。
まず、職員の記録業務にかかる時間が平均で30〜50%短縮されるケースが多く見られます。音声入力や自動連携によって、これまで手書きで30分かかっていた記録が10分で終わるようになった、というのはよく聞かれる声です。
また、夜勤の巡視回数が減少し、職員1人あたりの身体的負担が軽くなったという例もあります。センサーやカメラを活用することで、必要なときにだけ見に行けばよくなり、「見守るために動き続ける夜勤」のスタイルが変化し始めています。
さらに、間接的な効果として、離職率の低下や新人の定着率向上があげられます。働きやすさの改善は、求人広告や採用コストの削減にもつながっていくのです。
ROI(投資対効果)はどのくらい見込める?
介護DXにおけるROI(Return on Investment:投資対効果)は、単なる収益ではなく、人件費削減・離職防止・業務効率化・事故減少など、複数の要素で評価する必要があります。
たとえば、ある中規模の特別養護老人ホームでは、タブレットと介護記録ソフトを導入した結果、1日あたりの記録時間が平均で20分短縮されました。職員20人規模で考えると、1日あたり6〜7時間分の労働時間が削減されたことになります。月に換算すれば約150時間、年間では1800時間以上の削減となり、これは年間100万円近い人件費の圧縮効果とも言えるのです。
また、事故リスクの低減や家族対応の迅速化によって、利用者・家族からの信頼が増し、稼働率の維持・向上にもつながったとする報告もあります。
補助金を活用すれば負担はさらに軽減できる
介護DXの導入には、国や自治体による補助金や助成金が数多く用意されています。
「介護ロボット導入支援事業」「ICT導入支援事業」「業務改善助成金」などを活用すれば、導入費用の最大2/3〜3/4が補助されるケースもあり、自己負担を大きく下げることが可能です。
ただし、補助金の申請には期限や書類提出、要件審査などの手間もかかるため、計画的に準備を進める必要があります。ベンダーが申請サポートを行ってくれる場合も多いので、まずは相談してみるのがよいでしょう。
まとめ:DXは「経費」ではなく「戦略的投資」
介護DXの導入には確かにコストがかかります。ですが、それは単なる「出費」ではなく、**将来の経営を守るための“戦略的投資”**です。
職員の働きやすさを守り、業務の質を上げ、限られた人材でより良いケアを提供していく。そのためにテクノロジーをどう活用するかが、これからの介護事業の成否を大きく分けていくのは間違いありません。
そして、導入効果を最大化するためには、「どの業務に、どの目的で導入するのか」を明確にする視点が求められます。DXは導入することがゴールではなく、活用して成果を出してこそ意味があるのです。
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