ICT化によって現場の「個別ケア」はどう変わるのか?

介護の現場で常に求められてきたのが、「個別ケア」の実現です。
一人ひとりの価値観や生活歴、身体状況、認知機能に合わせて支援内容を調整する――それはまさに“人間に寄り添うケア”の本質であり、現場の職員が最も大切にしてきた感覚でもあります。

一方で、記録業務の多さ、人手不足、時間の制約といった現実的な壁が、「理想の個別ケア」を阻んできたのもまた事実です。
そんな中、いま注目されているのが、ICT(情報通信技術)を活用することで個別ケアの実現可能性が広がるという考え方です。

「ICT化=業務効率化」と見られがちな中で、それが本当に“その人らしい支援”につながるのか?
この記事では、ICTが個別ケアにもたらす変化と、それを現場で活かすための視点を掘り下げます。


個別ケアの課題は「時間」と「情報」の壁にあった

個別ケアが難しい理由は、単に“人手が足りない”だけではありません。
より根本的には、

  • 利用者ごとの細かい情報を記録・共有するのが難しい
  • 過去のケア内容や反応をすぐに振り返れない
  • 職員間での情報共有にバラつきがある

といった、“情報が活かしきれていない”という問題が背景にあります。

たとえば、「この人は入浴時に特定の順番を好む」「この方は朝より夕方の方が落ち着いている」など、経験則として現場が知っていることが、記録には残っていない
その結果、担当が変わると配慮が抜け、利用者の不安や混乱が増す――
こうした連続性のなさが、ケアの個別性を損なってきたのです。


ICTが“記憶と連携の壁”を超えていく

情報の蓄積と検索が簡単に

タブレットやスマートフォンを使った記録システムを導入すれば、利用者ごとの状態変化や反応の履歴が時系列で蓄積されます。
「前回の入浴で嫌がったポイント」や「今月の食欲の波」などがすぐに見返せることで、“記憶に頼らずに質の高いケア”が再現可能になります。

また、検索機能を活用すれば、「便秘気味の人」「認知症で不安が強い人」など、共通のケア課題を持つ利用者を横断的に把握することもできます。

ケアの意図を“見える化”できる

たとえば、AIがバイタルや生活リズムを分析し、「この利用者は今週、睡眠時間が短く、日中の興奮が増えている」と提示してくれれば、職員は予防的に落ち着く対応を事前に準備できます。

これは、従来なら“感じていたけど言語化できなかった”ケアの工夫が、“データを根拠とした共通認識”として職員間で共有できるという意味でも大きな変化です。


現場で起きているポジティブな変化の事例

事例1:記録の分析で「ケアの個性」を再発見

東京都内のデイサービスでは、ICT化された記録ソフトを活用し、1か月間の活動参加率をグラフ化してみたところ、「午前中の活動にはほぼ参加していないが、午後の音楽レクには必ず出てくる」という傾向が判明。
この情報をもとに、午後の活動に重点を置いた声かけや座席配置を工夫した結果、当該利用者の満足度と笑顔の頻度が明らかに増加しました。

事例2:申し送りの一元化で“ケアの抜け漏れ”が減少

ある特養では、タブレットを使った記録と申し送りがリアルタイムでクラウド連携されており、「前日夜勤者の記録を朝の職員が必ず確認できる」仕組みを整備。
それにより、「本人が昨夜便秘で不機嫌だった」といった情報を踏まえて翌日の接し方を調整できるようになり、トラブルが減ったという成果が出ています。


ICTを“活かせる個別ケア”にするためのポイント

1. 「情報がある」だけではなく、「どう活用するか」を決める

システムに情報が蓄積されていても、それを**「誰が、いつ、どのように見るのか」**が曖昧では、活用されずに終わってしまいます。

  • モーニングケア前にバイタルを確認する
  • 声かけの参考に、レクリエーション参加履歴をチェックする
  • 担当者会議の前に、状態変化グラフを全員で共有する

こうした**「日常の動きとICTをつなぐ工夫」**が、個別ケアの質を支える鍵となります。

2. 利用者自身の参加を促す設計も可能に

タブレットを使った回想法や、写真閲覧アプリによる認知症予防など、ICTを“受け身の支援ツール”ではなく、利用者が“能動的に関わるツール”として設計すれば、より深い個別性が生まれます。

「自分で記録する」「自分で選ぶ」というプロセスが、“その人らしさ”を自然に引き出す支援につながっていくのです。


まとめ:ICTは“個別ケアの時間を確保する道具”である

ICT化は、介護を効率化するための仕組みである一方、個別ケアを深化させる“余白”をつくる力も持っています。

  • 記録のスピードが上がることで、“利用者と関わる時間”が増える
  • データが蓄積されることで、“見えないニーズ”が見えるようになる
  • 情報が共有されることで、“誰が担当しても同じ配慮”ができるようになる

個別ケアを阻んできた“時間”と“情報の壁”を超える――
それが、ICTが介護現場にもたらす最大の可能性です。

「人にしかできないことに、人が集中できるようにする」
それこそが、DX・ICTが真に目指す介護のかたちではないでしょうか。

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