シンガポールのデジタル介護モデルが示す未来像

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スマートシティ国家として、世界の最先端を走るシンガポール。この国は今、テクノロジーの力を最大限に活用し、「高齢化」という世界共通の課題に対する一つの理想的な未来像を提示しています。それは、単に介護業務を効率化するだけでなく、都市設計そのものと一体化させ、国民の「健康寿命」を戦略的に延伸させるという壮大なモデルです。

日本の介護DXが「人手不足」への対策から発展してきたのに対し、シンガポールのそれは国家戦略「スマートネーション」の一部として、より包括的かつ予防的にデザインされています。

この記事では、シンガポールの先進的なデジタル介護の事例を深掘りし、その背景にある国家としての哲学と、日本の私たちがそこから何を学べるのかを解説します。

1. 国家戦略「スマートネーション」。国が描くデジタル介護

シンガポールの介護DXを理解する鍵は、その取り組みが個々の企業や施設の努力に留まらず、「スマートネーション」という国家全体のグランドデザインの一部である点にあります。政府が主導し、社会のあらゆるシステムと連携させることで、国民一人ひとりの健康を生涯にわたってサポートする仕組みを構築しているのです。

すべての国民が持つ健康情報ポータル「HealthHub」

シンガポールのDXの基盤となっているのが、国民ID「Singpass」でアクセスできる個人の健康情報ポータル「HealthHub」です。全国民の生涯にわたる健康診断の結果、病歴、予防接種の記録などがここに集約されています。

これにより、高齢者は自身の健康状態をスマートフォンでいつでも確認でき、主体的に健康管理に取り組むことが推奨されています。医療機関や介護施設も、本人の同意のもとこの情報にアクセスできるため、既往歴などを正確に把握した上で、パーソナライズされたケアを提供できます。

「治療」から「予防」へ。国家方針「Healthier SG」

シンガポール政府は近年、「Healthier SG」という国家方針を打ち出しました。これは、病気になってから治療する「事後対応型」の医療から、**国民一人ひとりが健康を維持し、病気を未然に防ぐ「予防医療」**へと、国全体の舵を切るものです。この方針を実現するための最も重要なツールが、デジタル技術なのです。

2. 「予防医療」と「スマート住宅」。暮らしに溶け込むテクノロジー

「予防」を重視する国家方針のもと、シンガポールでは暮らしの中に自然に溶け込む形で、先進的なテクノロジーが導入されています。

自宅をケアの拠点にする「遠隔医療(テレヘルス)」

シンガポールでは、軽微な症状や慢性疾患の経過観察などを、ビデオ通話で行う「遠隔医療」が日常的な選択肢となっています。高齢者は自宅にいながら、かかりつけ医の診察を受け、健康相談や服薬指導を受けることができます。

これにより、病院への移動という身体的な負担がなくなるだけでなく、早期に医師と繋がることで、重症化を防ぐ効果が期待されています。テクノロジーが、医療を「病院でするもの」から「自宅でするもの」へと変えているのです。

HDB(公営住宅)に組み込まれた見守りシステム

シンガポールの介護DXを最も象徴するのが、公営住宅(HDB)そのものにケア機能が組み込まれている点です。近年供給されている高齢者向けの「コミュニティケアアパートメント」では、以下の機能が標準装備されています。

  • 壁や床に埋め込まれた非接触センサー:居住者の動きを感知し、長時間の無反応や転倒といった異常を自動で検知。
  • 緊急通報ボタン:体調が急変した際に押すと、24時間対応のケアセンターに即座に通報される。

これらの情報はすべてコミュニティ内のケアセンターと連携しており、異常があればスタッフが数分以内に駆けつけます。これは、後付けで機器を導入するのではなく、住まいそのものが、高齢者の安全を見守るセーフティネットとして設計されていることを意味します。

3. 「地域との繋がり」を重視。孤立させないためのDX

シンガポールのデジタル介護モデルは、単に高齢者の健康や安全を守るだけではありません。高齢者が社会から孤立せず、地域コミュニティとの繋がりを維持することにも、テクノロジーが活用されています。

アクティブ・エイジング・センター(AAC)との連携

各地域には、高齢者が集い、健康増進プログラムや社会活動に参加できる「アクティブ・エイジング・センター(AAC)」が設置されています。デジタルプラットフォームは、高齢者の健康データや興味・関心に基づき、近隣のAACで開催される最適なプログラム(例:軽度の運動教室、デジタルスキル講座など)を本人に推薦します。

テクノロジーが、閉じこもりがちな高齢者を家の外へと誘い出し、社会参加を促す「きっかけ」を作っているのです。

誰も置き去りにしないデジタルリテラシー教育

こうしたDXを成功させるため、シンガポールでは政府と民間が一体となって、高齢者向けのデジタルリテラシー教育に力を入れています。スマートフォンの使い方から、オンラインでの支払い、ビデオ通話の方法まで、ボランティアが丁寧に教えるプログラムが全国で展開されています。テクノロジーの恩恵を、すべての国民が享受できるようにするという強い意志が、この国のDXを支えているのです。

4. まとめ:都市設計と一体化した「健康寿命」延伸モデル

シンガポールの介護DXは、「スマートネーション」戦略の下、個人の健康データを活用した「予防医療」を徹底。さらに、ケア機能を公営住宅に組み込み、地域コミュニティとの繋がりをデジタルで支援します。都市設計レベルで健康寿命の延伸を目指すこの統合的アプローチは、日本の介護が目指すべき未来像の一つです。

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