「スマホを使いこなしているおじいちゃんは、なんだか若々しい気がする」 「親に脳トレアプリでも勧めてみようかな…でも、本当に効果はあるの?」
スマートフォンの普及に伴い、「高齢者がデジタル機器を使うことは、認知症の予防に繋がるのではないか」という期待が高まっています。指先を使い、頭で考え、新しい情報に触れる…一見すると、脳に良い刺激を与えているように思えます。
しかし、その一方で「ただ動画を見ているだけでは意味がないのでは?」「逆にデジタルストレスになるのでは?」といった疑問の声も聞かれます。果たして、デジタル機器の利用は、本当に認知症予防の有効な一手となり得るのでしょうか。
この記事では、最新の研究や専門家の見解を基に、高齢者のデジタル機器利用と認知機能の関係性を深掘りします。どのような使い方が脳の健康に良い影響を与え、どのような点に注意すべきか、科学的根拠に基づいた「賢いデジタルとの付き合い方」を解説します。
1. なぜ「デジタルが脳に良い」と言われるのか?3つの仮説

高齢者がスマートフォンやタブレットを使うことが認知症予防に繋がるという期待は、単なるイメージだけではありません。そこには、脳科学的な観点から考えられる、3つの有力な仮説が存在します。
① 知的活動による「認知予備能」の向上
認知症予防において最も重要な概念の一つが「認知予備能(コグニティブ・リザーブ)」です。これは、脳に多少のダメージ(老化や病変)が起きても、それをカバーして認知機能を維持する「脳の体力」のようなものです。この認知予備能は、教育歴が長かったり、若い頃から知的な活動を習慣にしていたりする人ほど高いとされています。
デジタル機器の利用は、この認知予備能を高めるための「知的な活動」そのものと捉えることができます。
- 新しいアプリの使い方を学ぶ
- インターネットで興味のある事柄を調べる
- オンラインで将棋やパズルなどのゲームに取り組む
これらの活動は、脳の様々な領域(記憶、注意、計画、実行機能など)を活性化させ、神経ネットワークを強化します。日々の生活の中で、新しい挑戦や学習の機会を自然に増やしてくれるデジタル機器は、脳の体力を維持・向上させるための強力なツールとなり得るのです。
② 社会的孤立の解消とコミュニケーションの活性化
認知症の最も大きなリスク因子の一つが「社会的孤立」です。他者とのコミュニケーションが減ると、脳への刺激が乏しくなり、認知機能の低下を招きやすいことが多くの研究で指摘されています。
スマートフォンは、この孤立という大きな壁を打ち破るための強力な武器となります。
- 家族とのつながり:LINEなどのメッセージアプリで、遠方の家族や孫と写真や動画を交えて日常的に交流する。
- 友人との再会:SNSを通じて、昔の友人や趣味の仲間と繋がり、新たなコミュニティに参加する。
こうしたデジタルを介したコミュニケーションは、対面の交流とは質が異なるとはいえ、他者との関わりを持つ喜びや、社会の一員であるという感覚を維持させます。脳にとって、他者との対話は何よりの栄養。スマホは、その栄養をいつでもどこでも摂取できる機会を提供してくれるのです。
③ 生活の質(QOL)向上による、前向きな気持ちの維持
認知機能の維持には、精神的な健康、つまり「前向きな気持ち」で生活することも非常に重要です。無気力や抑うつ状態は、認知機能低下のリスクを高めます。
デジタル機器は、高齢者の生活の質を高め、前向きな気持ちを維持するための手助けをします。ネットスーパーで買い物の負担を減らす、地図アプリで安心して外出する、趣味の情報を集めて新しい楽しさを見つける。デジタルによって「できること」が増え、行動範囲が広がる体験は、高齢者に自信と生きがいをもたらします。この「生活の質の向上」が、結果として脳の健康にも良い影響を与えると考えられています。
2. ただ使うだけでは逆効果?注意すべき「使い方」の落とし穴
デジタル機器の利用には多くの可能性がありますが、使い方を間違えると、かえって認知機能に悪影響を及ぼす危険性も指摘されています。
「受動的」な利用と「能動的」な利用の違い
最も重要なポイントは、デジタル機器を「受動的」に使っているか、「能動的」に使っているかの違いです。
- 受動的な利用(要注意):ただ次から次へと流れてくる動画を、何時間もぼーっと眺めている。ゴシップニュースを漫然と読みふける。
- 能動的な利用(推奨):目的を持って情報を検索する。友人や家族とメッセージをやり取りする。脳トレゲームやオンラインの習い事に挑戦する。
テレビを長時間見続けることが認知症リスクを高めるという研究があるように、デジタル機器もまた、一方的に情報を受け取るだけの「受動的」な使い方では、脳は活性化しません。むしろ、思考が停止し、脳への刺激が減少してしまう可能性があります。
デジタルストレスと情報過多
操作がうまくいかないイライラや、次々と表示される通知による集中力の阻害、フェイクニュースや過剰な情報による精神的な疲労。こうした「デジタルストレス」は、脳に負担をかけ、認知機能に悪影響を及ぼす可能性があります。特に、高齢者はデジタル詐欺のターゲットにされやすく、金銭的な被害だけでなく、大きな精神的ダメージを受けるリスクも考慮しなければなりません。
3. 認知症予防を意識した、高齢者のデジタル活用術
では、リスクを避け、脳の健康にとってプラスになる形でデジタル機器を活用するには、どうすればよいのでしょうか。重要なのは、「目的」と「バランス」です。
「つながり」と「学び」を目的とする
まず、スマートフォンの主な利用目的を「コミュニケーション」と「新しいことへの挑戦」に設定することをお勧めします。家族とのビデオ通話や、地域のオンラインサークルへの参加を日課にする。あるいは、「オンラインで俳句を学ぶ」「タブレットで水彩画を描く」など、新しい趣味を見つけるためのツールとして活用する。こうした明確でポジティブな目的を持つことが、受動的な利用を防ぎ、能動的な脳の活性化を促します。
「アナログな活動」とのバランスを保つ
デジタル機器がいくら便利でも、それだけに依存するのは危険です。認知症予防には、やはり対面での会話や、散歩などの適度な運動、手先を使う趣味といった「アナログな活動」が不可欠です。
例えば、「スマホで調べたレシピを参考に、実際に料理を作ってみる」「オンラインで知り合った仲間と、オフラインで会ってみる」といったように、デジタルでの活動を、現実世界での行動の「きっかけ」として使うことが、最も理想的なバランスと言えるでしょう。
4. まとめ:デジタルは「脳の健康ツール」。ただし使い方次第
高齢者のデジタル機器利用が認知症予防に繋がる可能性は、科学的にも十分に期待できます。知的活動や社会とのつながりを促進し、生活の質を高めることで、脳の健康を支える強力なツールとなり得るからです。しかし、その効果は「使い方」に大きく依存します。受動的な情報消費に終始せず、能動的なコミュニケーションや学習の手段として活用し、現実世界での活動とのバランスを保つこと。この点を忘れず、賢く付き合うことが何よりも大切です。
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