介護現場における記録業務は、ケアの質を保証するために欠かせない重要な仕事です。しかし、従来の紙媒体による記録方法は、多くの時間と労力を必要とし、介護職員の大きな負担となっていました。厚生労働省の調査によれば、介護職員は1日の業務時間のうち、約20%を記録業務に費やしているとされています。この状況を改善するため、近年多くの介護施設でタブレット端末を活用した記録システムの導入が進んでいます。
本記事では、紙の記録とタブレット記録それぞれのメリット・デメリットを比較し、導入を検討されている施設の方々に役立つ情報をお届けします。
タブレット記録のメリット

1. 業務効率化による時間短縮
タブレット記録の最大のメリットは、記録業務の効率化による時間短縮です。多くの項目をプルダウンやチェックボックスで選択できるため、記入時間が短縮されます。また、よく使うフレーズや定型文を登録しておくテンプレート機能により、入力の手間を省けるほか、日付や時間、利用者情報などが自動で入力される自動入力機能により、記入漏れや誤記を防止できます。さらに、一度入力したデータを複数の帳票に自動反映させることで、転記作業も削減できます。
ある特別養護老人ホームの事例では、タブレット記録の導入により、記録業務の時間が約40%削減されたという報告もあります。この時間を直接的なケアに充てることで、サービスの質の向上にもつながっているのです。
2. 情報共有の円滑化とチームケアの質向上
タブレット記録は、職員間の情報共有を迅速かつ効果的に行うことを可能にします。入力した情報がすぐに他のスタッフと共有されるため、申し送りの漏れを防ぐことができます。また、過去の記録を容易に検索できるため、利用者の状態変化の把握が迅速になります。介護士、看護師、ケアマネジャーなど、異なる職種間での情報共有もスムーズになるでしょう。傷の状態や機能訓練の様子などを画像や動画で記録できるため、言葉だけでは伝わりにくい情報も共有可能です。
ある訪問介護事業所では、タブレット記録の導入により、スタッフ間の情報共有がスムーズになり、ケアの一貫性が向上したとの声が聞かれています。
3. データ分析と根拠に基づくケアの実現
タブレット記録のもう一つの大きなメリットは、蓄積されたデータを分析し、根拠に基づくケア(Evidence-Based Care)を実践できる点です。グラフや表を用いて利用者の状態変化を視覚的に把握できるほか、長期的なデータ蓄積により、利用者の状態変化の傾向を分析することも可能です。これにより、分析結果を根拠としたケアプランの作成や見直しが行えるようになります。また、施設全体のケアの質や業務プロセスの改善にもデータを活用できるでしょう。
あるグループホームでは、タブレット記録から得られたデータ分析により、認知症利用者の夜間不穏の傾向を把握し、予防的なケア介入につなげることで、夜間の対応回数が30%減少したという例もあります。
4. 監査・評価への対応の簡素化
介護保険制度下では、サービス提供の記録は監査や第三者評価の重要な対象となります。タブレット記録では、規定に沿った記録フォーマットの統一や必須項目の入力漏れ防止が可能となり、監査への対応がスムーズになります。また、データの保管や整理も容易になるため、監査時の資料準備の負担も軽減されます。
ある介護施設では、タブレット記録の導入後、県の実地指導における記録確認の時間が半減し、「記録の質と一貫性が向上している」と評価されたとのことです。
タブレット記録のデメリット
1. 導入・運用コストの問題
タブレット記録の導入には、ハードウェア(タブレット端末)、ソフトウェア(記録システム)、ネットワーク環境の整備などの初期投資が必要です。また、機器の故障や老朽化に伴う更新費用、システムの保守管理費用などのランニングコストもかかります。特に小規模事業所にとっては、この費用負担が導入の大きなハードルとなっています。
ある中規模の特別養護老人ホーム(50床)の事例では、初期導入費用が約500万円、年間のランニングコストが約100万円かかったという報告もあります。費用対効果を慎重に検討する必要があるでしょう。
2. 操作習熟の壁とデジタルディバイド
介護現場には様々な年齢層の職員が働いており、ICTリテラシーにも差があります。特に高齢の職員や、デジタル機器の操作に不慣れな職員にとっては、タブレット操作の習得が大きな負担となる場合があります。また、操作習熟度の差が職員間の記録品質のばらつきや業務効率の差につながる可能性もあります。
ある施設では、タブレット記録導入後、50代以上の職員の約30%が操作に不安を感じ、結果的に記録時間が増加したというケースもありました。全職員が円滑に使いこなせるようになるまでのサポート体制やトレーニング計画が重要です。
3. システムトラブルと業務継続性のリスク
紙の記録と異なり、タブレット記録はシステムダウンやネットワーク障害、停電などによって記録業務が完全にストップしてしまうリスクがあります。また、バックアップ体制が不十分な場合、データ消失のリスクもあります。
実際に、あるデイサービスでは、システム障害により1週間分の記録データが消失するトラブルが発生し、再入力作業に多大な時間を要したという事例も報告されています。システムトラブル時の代替手段やバックアップ体制の整備が欠かせません。
4. 対面コミュニケーションの減少懸念
タブレット記録の導入により、従来の申し送りや記録確認の際に行われていた職員間の対面コミュニケーションが減少する可能性があります。デジタルでの情報共有は効率的である一方、細かなニュアンスやケアの「感覚」が伝わりにくくなることもあります。
あるサービス付き高齢者向け住宅では、タブレット記録の導入後、職員間の直接対話が減少したことで、些細な気づきやケアのコツの共有が減ったという声も聞かれています。テクノロジーと人間のコミュニケーションのバランスを考慮することが重要です。
タブレット記録を成功させるポイント
タブレット記録を導入して真に「紙よりラク」と感じられるようにするためには、以下のポイントが重要です。
1. 現場主導の選定・カスタマイズ
システム選定の際は、実際に使用する現場の職員の意見を積極的に取り入れることが大切です。操作性、画面の見やすさ、入力のしやすさなど、現場目線での評価を重視しましょう。また、自施設の記録フローや業務プロセスに合わせたカスタマイズも重要なポイントです。
ある成功事例の施設では、導入前にスタッフの代表者がいくつかのシステムを試用し、「記録項目の少なさ」「直感的な操作性」「日本語入力の快適さ」を重視して選定した結果、導入後の満足度が高かったとのことです。
2. 段階的な導入計画
全ての記録をいきなりタブレットに移行するのではなく、段階的な導入計画を立てることが成功のカギです。例えば、まずはバイタル記録など単純な記録から始め、徐々に介護記録、ケア計画へと拡大していくアプローチが有効です。また、一部のユニットや部署での試験導入を経て、問題点を洗い出してから全体導入に進むことも推奨されています。
ある介護老人保健施設では、3か月間の試験導入期間を設け、その間に操作マニュアルの整備や研修体制の強化を行い、スムーズな全面導入に成功しています。
3. 充実した研修・サポート体制
システム導入の成否を分けるのは、研修やサポート体制の充実度です。特に操作に不安を感じる職員向けには、少人数での実践的な研修や、マンツーマンでのフォローアップが効果的です。また、いつでも質問できる「相談窓口」の設置や、ちょっとしたTipsをまとめた「操作ガイド」の作成なども有効でしょう。
ある施設では、「ICTサポーター」として各部署に1名のタブレット操作に詳しい職員を配置し、日々の小さな疑問や困りごとに対応する体制を整えたことで、導入後のストレスが大幅に軽減されたと報告されています。
4. ハイブリッド運用の検討
全ての記録を無理にタブレットに移行するのではなく、紙とタブレットのそれぞれの良さを活かした「ハイブリッド運用」も一つの選択肢です。例えば、日常的な記録はタブレットで行い、詳細なアセスメントやケアプランの作成は紙で行うといった使い分けも可能です。また、システムトラブル時のバックアップとして紙の記録フォーマットを準備しておくことも重要です。
ある小規模多機能型居宅介護事業所では、ケア記録はタブレット、送迎時の連絡ノートは紙という使い分けを行い、それぞれの場面に適した記録方法を選択することで、業務効率と利用者・家族満足度の両方を高めることに成功しています。
まとめ:タブレット記録は本当に「ラク」か?
タブレット記録は、導入方法や運用体制によって「ラク」にも「大変」にもなり得ます。単に紙をデジタルに置き換えるだけではなく、業務プロセス全体を見直し、記録の目的を再確認した上で導入することが重要です。
タブレット記録の真の価値は、単なる記録作業の効率化だけでなく、記録データの活用によるケアの質向上にあります。蓄積されたデータを分析し、より良いケアにつなげていくという視点を持つことで、「記録のための記録」から「ケアを向上させるための記録」へと発想を転換できるでしょう。
最終的に、タブレット記録が「ラク」かどうかは、導入目的の明確さ、選定プロセスの丁寧さ、研修・サポート体制の充実度、そして何より現場スタッフの理解と協力によって決まります。
紙の記録もタブレット記録も、あくまでケアの質を高めるための「手段」であり「目的」ではありません。テクノロジーの導入によって生まれた時間を、利用者と向き合うケアの時間に還元できてこそ、タブレット記録の真の価値が発揮されるのではないでしょうか。
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