介護の現場では、日々さまざまな業務が発生します。その中でもとりわけ時間を取られ、なおかつ見逃せないものが「介護記録の作成と管理」です。食事や排泄、バイタルサイン、精神状態、服薬状況、転倒の有無――これらすべてを記録し、共有し、時には第三者機関への提出資料としても整えなければなりません。
現場の介護職にとって、こうした記録業務は“ケアの合間にやる作業”ではなく、もはや“日常業務の主軸のひとつ”とも言えるほど。そのため、慢性的な人手不足にあえぐ現場では、「記録に追われて肝心のケアの時間が減ってしまっている」という声も少なくありません。
そこで近年導入が進んでいるのが、AIによる介護記録の**“分析”**です。入力された大量の記録データをAIが読み取り、職員の判断や意思決定をサポートしたり、ケアの質を見える化したりする仕組みが、各地の施設で広がりを見せています。
では実際に、AIによる介護記録の分析はどの程度現場の役に立っているのでしょうか?負担軽減の効果は?そして、どこまで人間の判断を補えるのか?今回はその実情と可能性を探っていきます。
AIは記録を“読む”だけではない。そこから“意味”を引き出す
介護記録のデジタル化はすでに多くの施設で進んでいますが、それらのデータは蓄積されているだけで、有効活用されていないケースも少なくありません。日々入力される情報は膨大で、1人の利用者に対して1日あたり数十件の記録が残ります。それが数十人規模の施設ともなれば、月間で数万件を超えることもあるのです。
AIが登場する以前は、こうした記録をもとに状態変化を把握したり、リスクを察知したりするのは、もっぱら経験豊富な職員の“感覚”や“直感”に頼る部分が大きかったと言えるでしょう。しかし、AIを使えばこれらの情報を定量的・論理的に整理し、「いま、この利用者に何が起きているか」「どんなリスクが迫っているか」といった視点で**“見える化”**することができるのです。
たとえば、過去1ヶ月の食事摂取量の推移を自動でグラフ化し、特定の曜日や体調と関連づけてアラートを出したり、排泄回数の増減や水分摂取量と脱水リスクの関係を推定したりすることも可能です。AIは記録の「数字」や「文章」をただ並べるのではなく、その背後にある意味や兆候を導き出してくれる存在として、徐々に現場に根付きつつあります。
現場で実際に導入されているAI分析ツールとは?
介護業界では、すでに複数のIT企業がAI分析機能を搭載した記録支援システムを開発しています。たとえば、ある大手ソフトウェアでは、日々入力される介護記録やバイタルデータを自動で集計・分析し、職員に“気づき”を提供する機能が標準装備されています。
「○○さんの水分摂取量が3日連続で平均以下です。脱水のリスクがあります」
「今週の排便間隔が通常より長くなっています。便秘傾向かもしれません」
「発語回数が1週間で減少しています。認知機能の変化に注意してください」
こうしたアラートがシステム上に自動で表示されるため、職員は“勘”に頼らずに変化の兆しを捉えやすくなります。しかも、職員が特別に何かをする必要はなく、普段通りに記録を入力しているだけでAIが裏側で分析を進めてくれるため、業務の流れを変えずに質の向上が期待できるという点が評価されています。
さらに一部の先進的な施設では、こうした分析結果を活用して、ケアプランの内容を見直す指標としても活用しています。利用者の状態の“傾向と対策”が見えることで、リハビリや食事内容の改善などに結びつけられるのです。
職員の感じる変化――「漠然とした不安」が「具体的な行動」へ
AIによる記録分析がもたらした最も大きな変化は、“気になるけど行動に移せなかった”状態から、“具体的な対応ができる”状態へと変化したことだと、ある職員は語ります。
これまでは、「最近ちょっと元気がない気がする」「食事のスピードが遅くなってきたかも」といった印象があっても、記録に根拠を求めるのが難しく、周囲に伝えるのもためらわれるという場面が多々ありました。けれど、AIが客観的なデータに基づいて「変化」を示してくれれば、その情報をもとにチーム内で共有しやすくなり、早期対応につながる可能性が高まります。
つまり、AIは記録の“監視者”ではなく、“伴走者”のような存在になりつつあるのです。データを通じて職員と利用者をつなぎ、ケアの質を静かに底上げしてくれる。それが現場での実感となっています。
AI分析の限界と、これからの展望
もちろん、AIによる記録分析には限界もあります。たとえば、感情や人間関係の機微といった“数値化できない部分”については、現時点ではまだ人間の観察力や関係性が不可欠です。
また、AIが出すアラートや提案は“きっかけ”に過ぎず、実際の判断や対応は人間が行う必要があります。すべてをAIに任せようとすれば、かえって誤った対応につながる危険性もあるため、職員側には「AIを理解して使いこなす力」も求められます。
それでも、日々増え続ける介護記録と向き合い、限られた人員で最適なケアを提供し続ける現場にとって、AIはこれからますます欠かせないパートナーとなるでしょう。今後は、分析結果をもとにした“自動提案型のケアプラン作成”や、“リスク予測と人員配置の最適化”といった高度な支援機能の実現も見込まれており、テクノロジーと介護の融合はさらに深まっていくと考えられます。
まとめ:AIは記録の“意味”を引き出す道具である
AIによる介護記録の分析は、単に“効率化”のための仕組みではありません。それは、日々のケアの中で見えにくくなってしまった「変化」や「兆し」に気づくための、もうひとつの目となるものです。
数字だけでは伝わらない思いや、言葉にできなかった不安を、記録を通じて共有し、チームで動けるようになる。それは、働く人にとっても、支えられる人にとっても、大きな安心を生む一歩になるはずです。
“記録する”から“気づく”へ――
介護の記録が、ただの報告書ではなく、利用者の生活をよりよくするための道具として生まれ変わろうとしている今、その可能性を広げているのが、AIの力なのです。
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