介護事業の経営者が知っておくべきDX成功事例

「DXは進めた方がいい」と分かっていても、実際に何から始めて、どう進めればよいのかが分からない。
あるいは、導入したものの現場になじまず、「思ったほど効果が出なかった」という声も聞こえてくる――。
介護業界において、DX(デジタルトランスフォーメーション)の成功と定着には、**“絵に描いた理想論”ではなく、実例から学ぶ現実的な視点”**が欠かせません。

この記事では、介護事業を実際に経営している立場から知っておくべき現場主導型のDX成功事例を紹介します。
単なるシステムの導入ではなく、どう組織に根づかせ、成果を出したのか――その戦略と工夫から、次の一手を導くヒントが見えてきます。


成功事例1:業務効率化から始めて「記録負担を半減」した中規模施設(神奈川県)

神奈川県にある定員60名の特別養護老人ホームでは、職員の記録作業に毎日多くの時間を取られ、「もっと利用者と関わりたいのに、書類仕事に追われている」という声が課題になっていました。

そこで同施設が導入したのが、クラウド型の介護記録システムと音声入力対応のタブレット。
導入前に現場の職員から「使いやすい画面はどれか」「何が記録のストレスになっているのか」といった意見を集め、機能を絞り込んでスタートしました。

導入後の結果は明らかでした。
紙記録では1人あたり30分以上かかっていた記録が、音声入力やテンプレート機能を活用することで平均15分に。1日あたりの記録時間が全体で10時間以上削減され、その分、レクリエーションや個別ケアにかけられる時間が増えたのです。

経営者は「記録を減らしたのではなく、書く“労力”を減らした」と語ります。
重要なのは、ただITを入れるのではなく、「現場の声に寄り添って設計し、使い勝手を高めた」点にありました。


成功事例2:見守りセンサー導入で「夜勤1名体制」を実現した小規模施設(兵庫県)

職員不足に悩んでいた兵庫県のグループホームでは、夜間の人員確保が大きな課題でした。
従来は安全のために夜勤2名体制を維持していましたが、人材難でシフト調整が困難となり、夜間見守りの在り方を抜本的に見直すことを決断しました。

導入したのは、ベッド下に設置する体動センサーと、AIによる異常行動検知カメラ。
利用者が起き上がる・立ち上がるなどの行動をリアルタイムで検知し、夜勤者のスマートフォンに通知される仕組みです。

1か月の試験運用を経て、夜勤巡視の8割を“必要な時だけ”に減らすことができ、1人体制への移行が実現しました。
職員の負担が軽くなっただけでなく、利用者の夜間睡眠も深くなり、転倒事故の件数が減少。

導入コストは当初100万円を超えましたが、自治体のICT導入支援補助金を活用し、実質負担は3分の1に。
夜勤要員の追加採用が不要になったことで、半年で投資分を回収できたといいます。

この事例では、「業務を置き換える」のではなく、「必要な人手を確保するためにデジタルを活用した」という考え方が成功を呼んだ鍵となりました。


成功事例3:外国人職員の定着率が向上したデジタル研修支援(愛知県)

愛知県の有料老人ホームでは、外国人技能実習生の受け入れを積極的に進めていましたが、言語の壁や業務理解の難しさから早期離職が多く発生していました。

そこで、同施設ではeラーニングシステムと翻訳付きのタブレットアプリを活用し、多言語対応のマニュアルと動画研修を整備
記録ソフトも母国語に自動変換される機能を備えたものに切り替えました。

その結果、新人研修期間中の職員満足度が向上し、1年以内の離職率が30%から8%に大幅改善
スタッフ同士の誤解やストレスも減り、「外国人でも働きやすい職場づくり」に直結しました。

この事例のように、「DX=記録や見守りだけではなく、“人材育成の質”を高める道具でもある」という視点は、今後ますます重要になるでしょう。


成功事例に共通する「3つの視点」

ここまで紹介した事例には、いくつかの共通点があります。
それは単に“テクノロジーを使った”のではなく、**「組織の運営や人の関わり方を見直した上でデジタルを使った」**という点です。

まず1つ目は、「現場を巻き込む導入設計」。
トップダウンではなく、現場の課題感や使いやすさを丁寧にすり合わせながら進めている点が印象的でした。

2つ目は、「目的が明確であること」。
“DXのためのDX”ではなく、負担軽減、職員の定着、事故防止、稼働率の向上など、経営上の具体的なゴールが設定されていました。

そして3つ目は、「効果を“見える化”して評価し、改善し続けていること」。
導入して終わりではなく、定期的に検証し、現場の声を反映しながら制度・仕組みを育てているという共通点が見られます。


まとめ:成功事例から学ぶのは“仕組み”と“姿勢”

DXの成功は、高額な機器を導入したかどうかでは決まりません。
本当に大切なのは、「何のために取り入れ、どう活用し、どのように根づかせたか」という運用の工夫と経営の姿勢です。

今回紹介した成功事例は、いずれも地道で丁寧な積み重ねから始まっています。
小さな改善の積み重ねが、やがて大きな変化につながり、“選ばれる施設”をつくる力になっていくのです。

“デジタル”という言葉にとらわれず、まずは自分たちの施設にとって、どんな改善が最も効果的かを考えること――
その問いこそが、DXを単なる技術導入ではなく、「経営戦略」として成功させる第一歩になるのではないでしょうか。

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