介護現場や地域包括ケアの中で、近年ますます注目されているのが**「高齢者へのIT導入」**です。
オンライン面会、服薬リマインダー、見守りセンサー、バイタルの自己測定アプリ、さらにはスマートスピーカーやLINEを活用した安否確認など、さまざまなICTツールが高齢者の暮らしに入り込もうとしています。
一方で、現場の声に耳を傾けると、こうした課題も聞こえてきます。
- 「そもそもスマホを触ったことがない」
- 「操作説明が難しすぎて伝えきれない」
- 「覚えられない、忘れてしまう」
- 「失敗が怖くて使えない」
これらはすべて、高齢者にITを“押しつける”のではなく、“どう寄り添うか”が問われていることの現れです。
この記事では、高齢者にITツールを導入する際に直面しやすい壁と、実際に現場で成果を上げている導入の工夫・支援方法を紹介し、テクノロジーを暮らしに溶け込ませるための実践的なヒントをお伝えします。
なぜ高齢者にとってITは難しいのか?

「未知への不安」と「操作への抵抗感」
多くの高齢者にとって、スマートフォンやタブレットは「若者の使うもの」「難しそうな道具」と映っています。
特に75歳以上の高齢者の中には、携帯電話すら使った経験がない方もおり、そもそも“何ができるのか”を知らないというケースが非常に多いのです。
また、「変なボタンを押したら壊れるかもしれない」「失敗して家族に迷惑をかけるかも」といった**“ミスを恐れる心理”**も根強く、これが導入の大きな壁になります。
認知機能・視覚・聴覚の加齢変化
加齢によって視力や聴力が低下し、小さな文字や複雑な音声操作が負担になることも少なくありません。
また、認知機能の低下によって「手順を忘れる」「直感的な操作が難しい」など、IT機器が想定する“操作習熟のスピード”に追いつけないという現実もあります。
現場でよくある「導入の失敗パターン」
1. 機器だけ渡して終わる
「これは便利だから」と家族や職員がタブレットを渡して終わり――これは最も多く見られる失敗例です。
導入のフォロー体制がないままでは、利用者は不安を抱え、結局使わずに終わってしまいます。
2. 教え方が“若者向け”のまま
説明書が専門用語だらけだったり、職員や家族が「簡単だよ、ここ押すだけだから」と言っても、その“押す理由”や“何が起きるか”が分からない高齢者には伝わりません。
「慣れれば使える」は、高齢者にとってはむしろ不安を増やす言葉になってしまうこともあります。
成功している現場の工夫とは?
「使い方」よりも「使う理由」を共有する
ある自治体のスマートスピーカー導入支援では、「今日の天気が聞ける」「孫の声が毎朝届く」といった**“日常の楽しみ”を先に共有**することで、機器への興味を自然に引き出すことに成功しています。
“何ができるか”ではなく、“それが自分の暮らしにどう役立つのか”を具体的にイメージしてもらうことが鍵です。
マニュアルは“写真+会話形式”で
成功事例に共通しているのは、高齢者用のマニュアルを極限までわかりやすくしていること。
文字は大きく、写真は実機そのまま、説明は「〇〇さん、次はこのボタンを押してみましょうね」と語りかけるような言葉づかい。
“読んで学ぶ”のではなく、“見て思い出せる”ことが意識されています。
デジタル支援ボランティア・地域ICTサポーターの活用
地域によっては、「デジタル支援員」や「スマホサポーター」が、個別訪問で操作サポートを行う体制が整ってきています。
ITに強い若者と高齢者を結びつける取り組みでは、世代間交流も促進され、高齢者の社会参加にもつながるという効果も見られています。
「操作を覚える」ではなく「一緒にやる」体制へ
高齢者がITを使えるようになるには、“操作の正確さ”ではなく、“一緒にやってくれる人の存在”が不可欠です。
たとえば、
- オンライン面会は職員が一緒に操作する
- 血圧測定は機械を一緒にセットして「自分でスタートボタンを押してもらう」
- 写真を送るときは「誰に送るか」だけ本人に選んでもらう
こうした**“一部だけでも主体的に関われる場面”をつくる**ことが、高齢者の自己効力感を支え、継続的な使用へとつながっていきます。
現場が押さえておきたい3つのポイント
1. 最初から「完璧」を目指さない
→「全部自分でできなくていい」と伝えることで、心理的負担を軽減。
2. 成功体験を繰り返す
→「自分でスタンプを送れた」「自分の声で天気が聞けた」など、小さな成功が自信に直結します。
3. デジタルを“孤立防止”の手段と捉える
→ITは機能ではなく、人とのつながりをつくる道具として紹介するのが効果的です。
まとめ:高齢者とITの間に必要なのは“橋渡し役”
ITは、高齢者にとっての“壁”にもなり得ますが、“可能性を広げる窓”にもなり得ます。
その違いを生むのは、導入の仕方と支援のあり方です。
- 説明を“噛み砕く”
- 操作を“一緒にする”
- 使う理由を“共に見つける”
この3つの工夫を意識するだけで、高齢者がテクノロジーと仲良くなる可能性は格段に広がります。
介護DXが本当に意味を持つのは、高齢者自身が「これ、私の役に立っている」と思えたとき。
その瞬間を支えるのが、現場職員や家族、地域の私たち一人ひとりの関わりなのです。
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