「今日の昼食は完食でしたよ。散歩中の笑顔の写真を送りますね」 「次回の訪問ですが、時間を30分後ろにずらせますでしょうか?」
数年前まで、介護現場における家族との情報共有は、連絡帳への手書きの記録や、すれ違いがちな電話が中心でした。しかし今、多くの人が日常的に使うメッセージアプリ「LINE」が、その常識を大きく変えようとしています。
手軽で迅速なLINEは、多忙な介護職と、離れて暮らす家族の間の距離を縮める強力なツールです。しかしその一方で、個人情報の扱いや職員の労働時間など、新たな課題も生まれています。
この記事では、介護現場で急速に広がる「LINE連絡」のリアルな実態を、メリットとデメリットの両面から深掘りします。そして、この便利なツールを「温かいコミュニケーション」に繋げるための、具体的なルール作りと活用法を提案します。
1. なぜ介護現場で「LINE連絡」が急増しているのか?

介護のコミュニケーションツールとしてLINEが急速に普及している背景には、介護職側と家族側、双方の切実なニーズがあります。
介護職側:業務効率化と「伝わりやすさ」の追求
介護職、特に訪問介護のヘルパーやケアマネージャーは、常に時間に追われています。利用者宅から次の現場へと移動する合間に、電話で家族に報告を入れたり、事務所に戻ってから連絡帳に記録を書いたりするのは大きな負担です。
LINEを使えば、サービスの合間の数分で「今日の様子」をテキストで簡潔に報告できます。さらに、写真や短い動画を送れる点は、文字だけの連絡帳にはない大きな利点です。「お薬、ちゃんと飲みましたよ」という一文より、薬を飲むご本人の写真一枚の方が、家族にとっては遥かに安心できる情報となります。記録がタイムスタンプ付きで残るため、「言った・言わない」のトラブルを防ぐ効果も期待できます。
家族側:リアルタイムな情報を求める「知りたい」ニーズ
共働きが当たり前となり、遠方に親と離れて暮らす子世代にとって、日中の電話連絡は容易ではありません。仕事中に何度もかかってくる電話に出られず、親の様子が気になってやきもきする、という経験を持つ方は少なくないでしょう。
LINEであれば、仕事の合間にメッセージを確認し、スタンプ一つで返信するなど、自分のペースで情報を把握できます。日々の細かな様子をリアルタイムで知ることで、介護が「専門職任せ」ではなく、自分もチームの一員として参加しているという感覚を持つことができ、精神的な安心感に繋がるのです。
2. 「安心感」と「効率化」。家族と介護職、双方のメリット
LINEの導入は、家族と介護職の双方に、これまでにはなかった明確なメリットをもたらします。
家族が得る、リアルタイムな「安心感」
家族にとって最大のメリットは、何と言っても「安心感」です。
- 日々の小さな変化がわかる:食事の様子、散歩中の表情、レクリエーションを楽しむ姿など、写真や動画で送られてくる何気ない日常の断片は、家族にとってかけがえのない安心材料です。
- 気軽に質問できる:「最近、食欲はどうですか?」「この前の診察の結果はどうでしたか?」といった、電話するほどではないけれど気になる点を、テキストで気軽に質問できます。
- 多人数での情報共有が容易:兄弟姉妹など、複数の家族が参加するグループLINEを作れば、一度の連絡で全員が同じ情報を共有でき、「自分だけが知らなかった」という事態を防げます。
介護職が得る、業務の「効率化」と「記録性」
介護職にとっても、業務のあり方を大きく改善する可能性を秘めています。
- 電話連絡の負担軽減:何度も電話をかけ直したり、相手の都合を待ったりする時間が削減され、本来のケア業務により多くの時間を割けるようになります。
- 視覚的な情報共有による質の向上:例えば、利用者の皮膚に発疹ができた場合、その写真を撮って即座に看護師や事業所内の専門職に共有し、指示を仰ぐことができます。これにより、迅速かつ的確な対応が可能になります。
- コミュニケーションの記録:テキストでのやり取りは、後から見返せる公的な「記録」となります。ケアの方針変更や家族からの要望などを正確に記録・共有することで、チーム全体のケアの質を高めることに繋がります。
3. 個人情報と労働時間。導入前に決めるべき3つのルール
これほど便利なLINEですが、無秩序に導入すると、個人情報漏洩や職員の長時間労働といった、深刻な問題を引き起こしかねません。安全かつ持続可能な運用のためには、利用開始前に家族と事業者の間で、明確なルールを定めておくことが絶対条件です。
ルール①:同意の徹底とプライバシー保護
最も重要なのがプライバシーへの配慮です。
- 書面での同意:利用者本人と家族から、LINEで情報共有を行うこと、写真や動画を撮影・送信することについて、必ず書面で同意を得る。
- 業務専用アカウントの利用:職員個人のプライベートなLINEアカウントは絶対に使用せず、法人として契約できる**「LINE WORKS」**のような、セキュリティ機能が強化されたビジネス版ツールを導入する。これにより、情報漏洩リスクを低減し、公私の区別を明確にします。
ルール②:連絡可能な時間帯の明確化
職員の労働時間を守るため、連絡と返信に関するルールを具体的に定めます。
- 連絡・返信は業務時間内のみ:「メッセージは24時間受け付けますが、職員からの返信や対応は、平日の午前9時から午後5時までとします」といった具体的な時間帯を、利用開始時に書面で合意します。
- 時間外の自動応答設定:業務時間外には、「現在、営業時間外です。翌営業日に担当者よりご連絡します」といった自動応答メッセージが流れるように設定し、即時返信を期待させない工夫も有効です。
ルール③:緊急時連絡手段の再確認
LINEはあくまで、日常的な報告・連絡・相談のためのツールです。
- 緊急時は「電話」を徹底:利用者の体調が急変した場合など、緊急を要する連絡は、従来通り「電話」で行うことを、家族と職員の間で改めて確認・徹底します。この棲み分けが、万が一の際の重大な判断の遅れを防ぎます。
4. まとめ:ルール作りで、LINEを温かい介護の味方に
LINEは、介護における家族と専門職の連携を劇的に改善する可能性を秘めています。リアルタイムな情報共有は家族に安心を、介護職には効率化をもたらします。しかし、その利便性は個人情報保護や労働時間といった明確なルール作りがあってこそ。ツールに振り回されるのではなく、賢く活用することで、LINEを温かいコミュニケーションを支える強力な味方にできるのです。
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